
2025年9月27日(土)、『福武トレス』の開園1周年を記念した全3回シリーズのイベント「resonance 建築と庭と人『共鳴する3つの視点』」の第2回が開催されました。
本イベントは、『福武トレス』の創設に携わった各分野の専門家をお招きし、トークセッションを通じて「建築と庭と人」の関係性を深く掘り下げる内容となっています。今回は「建築と施工の視点」をテーマに、『福武トレス』の建築的ディテールにより深く迫るお話を伺いました。
今回お招きした登壇者は、下記の皆さまです。
武井誠さん・鍋島千恵さん(TNA/建築設計)
佐々木啓輔さん(藤木工務店/施工)


TNAが語る3つの視点
冒頭、オーナー・福武美津子が参加者の皆様へご挨拶。その後、武井さんが「このプロジェクトは、日本の建築界や造園界にとってターニングポイントになると思っています」と語り、会場の空気を引き締めていただきました。
TNAのお二人からは、福武トレスのプロジェクトの核心となる三つの視点が語られました。
・新旧の庭をつなぐ緑のコンバージョン
・外と内を曖昧にする森に溶け込む建築のかたち
・芸術品のありようを感じる透明な鑑賞空間
これらはいずれも「自然と建築が呼応し、人本位の展示空間を生み出す」という思想に基づいています。武井さんは「建築が庭のように、庭が建築のように振る舞う関係をつくりたかった」とまとめ、空間のコンセプトを明確に示されました。
さらに、Fギャラリーの不等辺三角形の構成についても言及。自然と調和する設計を追求する中で導き出された「かたち」でしたが、偶然にも当園の雑木の自然風庭園を手掛けた小形研三氏の作庭手法と呼応しています。小形氏は雑木や石を不等辺三角形に配置し、里山のような自然観を表現。設計と庭の思想が時を超えて響き合う、福武トレスはそんな稀有な空間であることが改めて浮かび上がりました。

相番(あいばん) ― 三者のリスペクトが支えた工事
通常の現場では建築が完成してから造園が入りますが、今回は建築と造園を同時進行で進める「相番(あいばん)」が頻繁に行われました。最終的な緑の在り様を優先した、非常に手間のかかる工程です。
この挑戦が可能だったのは、設計・施工・造園の三者が互いの領域を尊重し合い、リスペクトの関係を築いていたからこそ。鍋島さんは「設計者は線を引き、言葉で語るしかできない。だからこそ現場で手を動かす人を信じ、尊重し合うことが不可欠だった」と語りました。

施工の現場から ― 精度と手仕事の価値
話題は自然に、藤木工務店の佐々木啓輔さんが担った施工のお話へ。
TNAのお二人のヴィジョンを形にするのは、佐々木さんをはじめとする藤木工務店の皆さんです。佐々木さんからは、施工現場の工夫と苦労が語られました。
・縄張りやドローン撮影で敷地を可視化し、3D CADと実測を往復しながら精度を高めたこと
・300本以上の鉄柱位置を一本ずつ確認し、製作に反映したこと
・高透過ガラスの隙間のシールは透明の材料を使用しているが、透明であることから、普段表に見えることの少ない気泡やシール打作業で使用するヘラの跡が目立たない様に施工し、繊細かつ高度な技術が施されたこと
特に「工事完成までに、仕上がりをイメージし、モックアップなどの作成の上、良い物を作るために、試行錯誤を重ねて、実際に目で見て、手で触れることが大事」と強調した場面は印象的でした。効率化が重んじられる時代に、あえて非効率を受け入れ、人の痕跡を残す。床や棚に用いられた「洗い出し仕上げ」はその象徴であり、自然と人工をつなぐものづくりの姿勢を体現していました。
施工プロセスをまとめたスライドショーでは、佐々木さんが嵐の『カイト』を挿入歌に選び、会場は和やかな空気に。曲名には「三角形」のイメージもあり、不等辺三角形の構成から生まれた建築と庭の呼応を連想させます。さらに「未来に残す」という歌詞のニュアンスもプロジェクトの精神に重なり、選曲の意図が語られました。
会場を和ませつつも、こういった佐々木さんのちょっとした心意気、現場に対する思いやりが印象的でした。鍋島さんが先に述べられた通り、佐々木さんのこういった「相手へのリスペクト」が含まれる姿勢が、プロジェクト進行中も現場で働く方々の気持ちをつなぐ大事な要素だったのではと感じます。

センスはどう養われるか
終盤の会場からの質問では、TNAのお二人と福武に「センスはどう養われるのか?」という問いが。
鍋島さん:「センスは生まれつきのものじゃなく、『好きになること』から始まる。なぜ美しいと感じるのか、なぜ残したいと思うのか、その理由を掘り下げて考え続けることが大事」
武井さん:「『センス』というと天性のひらめきのように聞こえるが、実際は観察や試行錯誤を繰り返す中で身についていく『現場の知覚』」
福武美津子:「『これが好き』『心地よい』と思える瞬間を大切にすること。本物を見る習慣が審美眼を育てる」
それぞれの答えは異なりつつも、「経験や感受性の積み重ねていくこと」というメッセージが共通しています。すばらしい建築や空間を生み出すための素地、ものづくりに対する姿勢のヒントを、観客の皆さんは得られたようです。

さいごに
セッション後には、武井さん・鍋島さん・佐々木さんによるFギャラリー解説、続いて希望者への数寄屋建築ツアーが行われました。トークセッションでは聞けなかった質問を直接ゲストへ投げかける参加者の姿が目立ち、特に建築関係者の方々が熱心に意見を交わされていました。
レポートの最後になりますが、トークセッションの中で鍋島さんが語った言葉が、我々スタッフには強く印象に残っています。
「庭・建築・展示が一体化したこの空間は、単なる『建物』ではなく、未来に向けた創造の場。違う立場の人たちが一緒に『どうすればできるか』を考え抜いた、その過程こそが福武トレスの財産だと思う」
この言葉を受けて、我々スタッフは福武トレスは完成して終わりではなく、来園者や関わってくださる皆さまとともに、新たな価値をこれからも生み出し続けていこうと、改めて身を引き締めた次第です。
次回のお知らせ

第3回は2025年11月30日(日)に開催予定となります。
テーマは「造園の視点 継承と更新(仮)」。
造園を担当された荻野彰大さん(荻野景観設計)、再びTNAさんをお迎えし、庭と建築の関係を紐解きます。詳細は近日、公式HP・SNSでご案内をいたします。
この度は、resonance 建築と庭と人「共鳴する3つの視点」第2回にご参加いただいた皆様、そして登壇者のTNA武井さん・鍋島さん、藤木工務店佐々木さん、本当にありがとうございました。
次回もどうぞご期待ください。